最近、連日、テレビのニュースで、
「パワハラ」
が話題になっておりますよね。
厚労省さんが、パワハラの「定義」だの、「具体的行為」などを、明確に定めた、というようなことらしいですが、どうなんでしょうかねぇ。
良いとか、悪いとかは別にして、こんなもんを、国家やお役人が、定めなければならないほど、この国は、「幼稚化」しちゃっているんだと思えてなりません。
「儒教の精神」が、キッチリと、国家の隅々にまで、行き届いていれば、こんなもんは、絶対に不要でございましょう。
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まあ、それはともかく。
「パワハラ」というと、私が、中学校時代に、しこたま受けた
「体罰」
を思い出します。
私の、高2の息子も、中3の娘も、たぶん、これまでの人生において、学校で、「体罰を受けた」ことも、「体罰を受けている仲間を見た」ことも、全くないんじゃないかと思います。
イマドキ、学校で、教師が生徒に「体罰」を与えられるような雰囲気は、ないんじゃないかと思います。
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私の中学校時代は、昭和の最後のころです。
東京都の保谷市(現、西東京市)の、ごく普通の、公立中学校に通っていたのですが、どこの部活でも、ごく普通に、「体罰」が飛び交いますし、保健体育の先生などは、「保健」の授業でも、「体育」の授業でも、ごく当たり前のように、「竹刀」を杖代わりについて登場し、もちろん、それを使って、「体罰」を加えます。
やっかいなのは、私自身、
「よくわからない理由」
で、「体罰」を受けたこともあります。
「必要に応じて」というよりは、明らかに、教師殿の「感情表現の手段」として、「ご気分」によって、「ご機嫌」によって、なされているとしか思えない体罰もあったように思えます。
あの頃の、公立中学校は、いったい、なんだったのでしょうか?
正直なところ、そのときの「経験」が、少なからずトラウマになって、
「自分の子供は、絶対に、公立中学校には行かせたくない」
と考えたのも事実です。
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その中学校には、
「さとさん」
という愛称で呼ばれた国語の先生がおりました。
私は、必ずしも、嫌いではなかったんですがね。
中2のときに、「方丈記」とか、「平家物語」だとかを、この方に教わったんですが、今でも、その冒頭部分を、「それで言える」ので、しっかりと心に届く教え方をしてくれたのでしょう。
この方、当時、たぶん、40歳前後ぐらいだったのかな?
確か、早稲田の一文の出身で、独身で、まあ、何しろ、キャラは、ずいぶん変わった人でしてね。
鮮明な記憶として残っているのは、いつも、ズボンを、尋常じゃないポジションまで引っ張り上げ、ベルトでキッチリと固定されていて、そんなわけで、まあ、なんと申しますか、
「左よりにポジショニングされた姿」
がクッキリと浮かび上がり、ちょうど、それが、「教卓」のレベルと一致してしまい、まあ、その年頃の「男の子」たちは、そういうモノをみて、笑い転げてしまうようなアホなところがありまして・・・。
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そのようなことが、「話題にされていること」を、どこかで小耳に挟んだのでしょうか。
「さとさん」は、国語の授業の最後に、
「・・・クン、ちょっと」
と言って、その生徒を連れて、教室を出て行きました。
なんだか、雰囲気がよくない感じだったので、何人かで、くっついていきました。
そうしたら、二人は、クソ狭い、「印刷室」に入っていきます。
二人は向き合い、「さとさん」は、神妙な表情で、その生徒に、何事かを話し始めたかと思うのもつかのま、数秒後に、その子に、殴る蹴るの暴行を始めました。
いやー、もう、コレは、単なる暴行というか、リンチに近い。
数分後、唇から血を流しているその生徒が出てきたので、「訳」を聞いてみたのですが、なんでも、「さとさん」曰く、
「お前、オレの悪口を言ってるだろ」
それに対し、その生徒は、
「言ってません」
と答え、その直後に、殴る蹴るの暴行が始まったようです。
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この「さとさん」の行動。
少なくとも、その頃の私は、
「これが、通常の、公立中学校における教育」
と、認識していました。
公立中学校の教員なんてものは、「こんなもん」と認識していましたので、
(イヤなら私立に行くしかねーんだよな)
と思っていました。
これは、私だけでなく、少なくとも、その中学校では、それが普通と思われていたし、実際に、この暴行が、学校内では全く問題になりませんでした。
(普通だ、とね)
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ただ、「今の感覚」でいうと、この「さとさん」の行動は、確実に、
「犯罪」
の領域ですわね。
今、やったら、PTAも、世間も、絶対に、許さんでしょうね。
また、当時は、こんな「教育」が許されている時代ですから、それこそ
「パワハラ」なんていう「概念」すら、認識されていなかったのでしょうね。
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一方で、当時の中学生。
非常に、芳しくありませんでした。
今では、おそらく、考えられないくらい。
(私の中学校だけかもしれないけど・・・)
私も、必ずしも、「よい子」ではありませんでした。
もう、「時効」だと思うので、私のアホさの1つを、ご紹介しておきましょう。
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当時の、その中学校には、
「煙突ストーブ」
なるものがありました。
冬になると、毎朝、「ストーブ係」が、裏庭の「燃料小屋」に、灯油を汲みに行きます。
それを、教室の灯油タンクに補給し、ストーブの底に、灯油が滲み出てくると、そこに、マッチを擦って、ぽとりと落とすと、
「ボっ」
と、えらい勢いで、ストーブは燃え出します。
そのストーブの上に、網をおくと、トーストができたりして、なかなか、ありがたい存在です。
煙突がありますから、教室の空気は、とてもクリーンです。
(逆に、煙突からは、モクモクと、芳しくない黒煙が出ています)
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ある、寒い日。
少年だった私は、その日、「ストーブ係」でございました。
ストーブに補給する灯油を、少し、別の容器に取っておきました。
少年だった私は、
「空き教室に置いてある、崩れかけた教卓」
の存在が気になっていました。
私は、仲間と3人で、その教卓を解体し、それを、
「新校舎の3Fと屋上の間の階段の踊り場」
に持って行き、そこで、ささやかな「たき火」を楽しむことにしました。
そこで、威力を発揮するのが、くすねておいた灯油です。
階段の床は、Pタイルですから、燃えてしまうことはありません。
教卓に、灯油をかけて、火をつける。
小さな、小さな、ささやかなたき火。
とても暖かで、素敵な時間です。
ところが、そんな私たちに、「絶望」が襲ってきます。
「黒煙」が、火災報知器に感知されてしまい、大騒ぎに・・・。
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その日の放課後、我が中学校では、
「臨時全校集会」
なるものが、体育館で、開催されました。
我々3人は、ステージに立っています。
(奇遇にも)理科大出身の、一番若い先生が、冒頭、数秒間、目に涙を溜めているのか、宙を見つめ、
「今日、とても残念なことがありました」
と、切り出します。
体育館は、私ら3人をみて、ざわつきます。
そして、次に、
「この3人が、今日・・・」
また、ざわつきます。
そして、
「新校舎の階段の踊り場で、"たき火"をしてしまったんです」
理科大先生がそういったとたん、体育館中は、どっと大爆笑。
やんややんやと、スタンディングオベーション、体育館中に、「ウエーブ」が巻き起こります。
前述の、「さとさん」が、
「何がおかしいんじゃーいっ!!!」
って、叫んでいるんだけど、大爆笑は収まらず・・・。
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とても、悪いことをしたんだけど、やっぱり、いけないことなんだけど、笑えてしまいます。
「涙をためて」、「何がおかしいんだ!」という教員と、「大爆笑」の生徒たちのギャップがね、なんとも・・・。
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今、思うと、教員も、生徒も、めちゃくちゃですわな。
教員も、「殴る蹴るの暴行」でも加えないことには、アホな生徒たちを、制御できなかったんでしょうな。
そんな私も、きちんと改心して、組織のリーダーをしています。
(もっと、大規模な、"たき火"を、商売として、やってたりするけど・・・)
(続く)
今日の写真は、久々の登場、諸葛亮先生。
このヒトも、"火攻め"で、敵を焼き殺す天才でしたな?確か・・・。
こんどう