
梁川家には3匹のわんこがいます。
・銀次(ぎんじ) シーズー 12歳 ♂ 父
・菫(すみれ) シーズー 10歳 ♀ 娘
・大和(やまと) チワワ 4歳 ♂ その他

上が銀次 下がすみれ

大和くん
この子達、大切な家族の一員です。
かれこれ12年前、父が酔っぱらって銀次を持って帰って来た事が始まりです。
当時は猫を2匹(じゅん、たま)を飼ってました。
この子達はよく2階・3階の事務所(旧本社ビル)に遊びに来てました。
古くから新和にいらっしゃる方々ならご存知かと思います。
そんななかに急に「銀次」が現れたんです。
今でも忘れません、
ある朝、起きてリビングに下りると「居るんです!」
独りで遊んでるんです。。。
本当にびっくりしました!
当時「トリマー」に成るべく学校に通い、毎日「プードル」をカットしていた私
にしたらシーズーなんて・・・です。
だからまず銀次を見て思った事は
「何!このぶさいくな犬は!!」です。
「トリマー」として最も美しい犬は「プードル」なんです。
美しい毛並み、つーんとした鼻、端整な顔立ち・・・
トリマーならば、後にも先にも「プードル」です。
なのに目の前にいるのはシーズー。。。
鼻はぺちゃんこで、目は出目だし、歯は出てる。。。
とにかく「美」がない!
「銀次」との出会いはこんな感じでした。
酔っぱらって連れ帰ってしまったので真相は分かりませんが、
想像するに、きっと当時の飼い主宅から出てしまい、フラフラ迷子してる所に出
くわした、そして、可愛かったから連れ帰った・・・・でしょう。
持ち帰った当の本人に聞いても何も覚えておらず・・・です。
「ぶさいく」だから飼いたくないと思っても数時間一緒に居れば情もうつり、
あっという間に家族の一員となりました。
そして、その「ぶさいく」も「うちの子が一番可愛い」と、なっちゃいました。
よく学校にも連れて行き、「プードル」を横に並べても「うちの子が可愛い!」です。
とんだ親バカです。。
前に父と大阪に行く事があり銀次も連れて行った事がありますが、
銀次の為に「グリーン車」にかえたくらいです。
(父が自由席では人が多くて可愛そうと言うので・・・)
あの時から12年。
銀次にも奥さんができ、菫(すみれ)が産まれました。
この菫がまたまたぶさいくで。。。
びっくりする程に銀次にそっくりなんです。
だけど、本当に可愛い!
愛嬌たっぷりで本当に可愛い性格なんです。
(何度か、土曜日にこの本社にも連れて来た事があります)
そして大和(やまと)
2匹飼うのも、3匹飼うのも変わらない!と勝手に買っちゃいました。
(実際は2日間ペットショップに通い、お姉ちゃんと相談して買いましたけど)
うちに来た時は650gですごーく小さかったのが今では随分と大きくなり、
イモ虫みたいです。
性格は意地悪(犬に対してだけ)
だけど極度の「ビビリ」で弱虫です。何に対してもすぐに怖がり震える。
そんな大和も銀次に対しては対抗心がすごいです。男同士だからでしょうか・・
まぁ銀次は相手しませんけど。。。
こんな3匹。
家に帰ると我先にと玄関ですごいお出迎え。
それぞれ性格は違えど、みんな本当に可愛い子達です。
PS 「銀次」かなりの噛み付き犬です。私しか抱っこ出来ません。。
抱っこする時は銀次の機嫌がいい時を見計らい。。。
それ以外の時は危険です。何度と流血騒ぎがあったことか。。。
本当に凶暴です。
可愛そうな事に、酔っぱらって銀次を連れ帰った父がいつも噛まれて
流血です。
だけど、いつも酔っぱらって、ちょっかい出すから。。。。(笑)
取締役 梁川 美恵
先日、韓国の済洲島に行って来ました。
この島には世界遺産が幾つも有る為、とても自然が豊かです。
海も本当に綺麗です。
今回、宿泊したホテルも目の前が海だったので常に部屋には潮風が満ち、
それはそれは快適でした。
用事があり済洲島に行ったので特に観光する事も無く、事済めば後は友達と
ドライブに行ったり、一人海沿いを散歩したり、サウナに行ったり・・・
今回はそのサウナの話を。
このサウナですが、散歩途中にたまたま見付けたので事前リサーチをしておいて
夜に再度行ってみました。
ホテルにあるサウナは外国の観光客がいますが、私が行ったサウナは100%
現地の人々でした。中は、日本でいう「スーパー銭湯」のようで、それをもう少し
昭和っぽくした感じです。
(そんなにキレイではないという事です。。。)
皆さん、個々に一生懸命「あかすり」してました(笑)
そこはやっぱり韓国だな~と。
あと、ちょっとビックリしたのは、サウナの中で「ゆでたまご」を食べている事です。
おばさん達が「ゆでたまご」片手に何かを飲みながら輪になって楽しそうに話して
いました。私もその中に混じり、たっぷり汗を流して来ました!
こんな感じでのんびり過ごした済洲島の旅でした。
写真は散歩した海沿いの道とそこから見た夕陽です。
取締役 梁川 美恵
今年の重点目標は以下の4点で
まずは、今回の東北関東大地震により亡くなられた方々のご冥福と、
被災地の一日も早い復興を心からお祈りいたします。
今回の東北地方太平洋沖地震の被災地である久慈市に、盛岡市から
単身赴任している友人H君がいます。
彼は岩手県盛岡市出身で私が卒業した大学のゼミ仲間で、とても
優秀で学科を首席で卒業しました。
試験の時はたいへん助けられた遠い記憶があります。
また、彼とはマージャン・スキー・飲み会などを一緒に楽しみ、
青春を謳歌しました。
彼は、卒業後、上級職として岩手県庁に就職し、卒業間もない頃は、
彼が東京に出張で上京した時は、ゼミ仲間と一緒に飲んだりしてい
ました。
その後は、年賀状のやり取りをする程度の付き合いとなりましたが、
今から5~6年前にゼミ同期会を27・28年振りに開催し、旧交を温め、
その後は、幹事を持ち回りとし、毎年開催していました。
一昨年、私が幹事となりゼミ会を開催した時に、参加者のメール
アドレスを確認していたので、早急に安否確認のメールを3月12日に
送信しました。ついに、3月16日午後11時44分に彼からメールが
帰ってきました。
返信メールは下記の内容でした。
「返信が大変遅くなって申し訳ありません。
御心配いただいてありがとうございます。
久慈地域は、港湾・漁港関係施設は壊滅的な被害を受けましたが、
不幸中の幸いで、防潮堤を津波が越えたのは、久慈市の一部と
野田村だけで、三陸海岸南部のような被害は避けられました。
しかし、野田村では、400棟の建物が流出し、死者・行方不明者は
50人を超え、村の中心部の大部分が失われました。
現在は、電気・水道も復旧していますが、電話はかかりにくい
状態が続いていますし、ガソリン・軽油・重油・灯油・LPGなど
の燃料の供給が滞っているほか、食料や日用品も不足し、不安な
状態です。
地域の方々は、自衛隊や他県から派遣された消防の応援を得て、
日々復旧に取り組んでいるのは、報道のとおりです。
復旧・復興には長い時間がかかると思いますが、何とか地域を
再生したいというのが、この地域に住む人々の思いです。
どのような形でも結構ですので、
もし機会があったら、「いわて」も応援してください。
メール、大変ありがとうございます。」
このメールを朝、見た時、涙が出そうになるぐらい胸が締め付け
られ、また同時にホットし胸を撫で下ろし、妻にHが無事だった
とお声を出してしまいました。
早急に、このメールをゼミ仲間に転送し、彼の無事を知らせた
ところ、私と同様に心配した宮崎県で行政書士をしているI君も
安否のメールを送っていたようでした。
今、彼は県職員の幹部として、久慈市で今後の復興に強い使命感
をもって、陣頭指揮にあたっていることと思います。
私の妻が青森県出身で、また、H君を含め東北地方に知り合いが
多いので、今回の大地震は身に詰まされる思いが強く、彼の復興の
思いに答えるべく、出来ることからしっかり応援・支援を行ないたい
と思います。
みなさんも東北地方の復興に是非、お力添えをお願いします。
「H君、又、必ずメールを下さい。心まちにしています!!」
久慈市の観光スポットの「小袖海岸のつりがね洞」

取締役 財務担当 松井 昭彦
執行役員 工場・収集運搬担当 小野 功もう3月も終わりですね。
春なんですね。
もうすぐ1年。
本当に早く、あっという間の1年でした。
残してくれたものはとても多く、大きいです。
ちゃんと引き継いで、これからも生きていきたいと思います。

取締役 梁川 美恵
