(これは、以前のお話の続きです)
(今回は、バスケットボールを知っている方しか、楽しめないので、知らない方は、パスしてください)
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今、みなさんは、パソコンの前にいらっしゃると思いますので、まず、GoogleやYahoo!で、
「スラムダンク」、「武蔵野北高校」
と、検索してみてください。
そうすると、どうやら、スラムダンクの湘北高校のモデルが、「都立武蔵野北高校」だったらしいということがわかるでしょう。
少なくとも、校舎、体育館、校門、部室、自転車置き場、などなど、極めて詳細に、武蔵野北高校のそれが描写されています。
今日は、以前のお話の続き。
小学校を卒業してから、「スラムダンク」まで。
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そんなわけで、私は、無事に小学校を卒業し、中学生になりました。
中学校は、九州ではなく、保谷市(現、西東京市)の中学校に通いました。
中学校でも、もちろん、バスケ部に入りました。
その時点で、既に、3年間、バスケをやっていましたので、同級生とは、当たり前なのですが、「動き」全然違いました。
バスケというスポーツは、ちょっとした経験者と、そうでないヒトでは、「動き」が全然違います。
逆に言うと、ちょっと訓練すると、すぐに、違う「動き」になってきます。
しかし、不思議なモノで、「最初の時点」で、「全然違う」と、自分も、周りも、「全然違う」というのが固定観念になってしまいます。
中学校では、私は、ポジションを一つ、「小さい方」に移して、「シューティングガード」をやっていました。
中学校に上がったときの私の身長は、146cm。
おそらく、自分の身長が180cmを大きく超えることはないと考えていました。
とすると、将来、「それなりのレベル」で、バスケを続けていくとすると、もっとチッコい「ポイントガード」じゃないと通用しないだろうということも視野に入れて、やっていました。
「シューティングガード」とはいえ、なにしろ、成り行き上、「全然違う」状況でしたので、「ポイントガード」から「スモールフォワード」まで、3つ分ぐらいのポジションをやっていました。
ボールを運ぶ、ボールをまわす、点を取る。つまり、センター以外の仕事は全部。
中学校では、得点の4割ぐらいは、私がとっていたと記憶しています。
背番号は「4」。
バスケの背番号は、4番から始まりますので、一般的に、4番は、キャプテンの番号になります。
中学校のバスケは、よくわからないうちに、あっという間に終わりました。
小学校のときほど、ストイックには取り組みませんでしたが、前述のように、自分のスキルが相対的に一番高かったのは、このころだったと思います。
ですから、高校生になったら、しかるべき高校に行って、「バスケでメシを喰っていくことを目指すかどうか」ちょっと、考えました。
でも、なにしろ、小学生のときの「フリースロー」で、既に、緊張の糸が切れてしまっていたのでしょう。
そんなわけで、ごく普通の都立高校、武蔵野北高校に進学し、バスケ部に入りました。
ここで、「スラムダンク」
ここから先は、「寝言」ですので、適当に聞き流してください。
私が1年生のとき、
・背番号は「11」。
・ポジションは、スモールフォワード。
・メガネはかけていない。(今は、かけていますが、当時は、メガネくんではない)
・「近い」という理由で、武蔵野北高校を選んでいる・・・。
スラムダンクでは、それに該当するキャラクターは、「流川楓」ということになります。
まあ、このまま、勝手に、「勘違い」している私を、放っておいてください。
「勘違い」は、私だけではなく、私が卒業した後、おびただしい数の新入生が、
「スラムダンクを見てきました!」
と、バスケ部に入ってきて、大変なことになったようです。
(アホか・・・)
(最終回に続く)
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今日の写真は、「スラムダンク論語」
赤羽駅の構内の本屋さんで、思わず買ってしまいました。
冗談のようなタイトルですが、「スラムダンク」を読んだことがあり、体育会系の方で、「孔子の言葉が胸を打つ」方ならば、間違いなく楽しめる本です。
この本では、「スラムダンクのセリフ」と、「孔子のことば」を上手に対比させながら、しっかり生きるために不可欠な考え方が、わかりやすく解説されています。
今、私は、このように、経営者をしていますが、会社経営に必要な、「戦略」、「戦術」、「目標」、「アクションプラン」を立案するとき、バスケをやっていたときの経験がホントに役に立っています。
人事においても、「ヒトが何をどのように感じ、どのように動くか」を考える際にも、この経験が役に立っています。
また、「結果には原因がある」ということをそこで学び、「その目的とその行動との間に、筋が通っているか」を考えときも、この経験が役に立っています。
学校の勉強は、超テキトーでしたが、今の仕事をする上では、致命的な問題はないように思います。
新和環境という会社。
私が社長をやっている間は、「私がキャプテンをやっているバスケ部的な思想」で動いていると思っていただければ。
(写真右上は、久々の諸葛亮)
こんどう